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老神心霊研究所

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ピンからキリまで
作者 老神いさお   
2009/06/26 Friday 23:24:54 JST

 守護神を失えば不幸になる……という表現が、誤解を生んで、再度質問を受けた。

「……何とかならないか?」と。

 だが、守護神……神から見放されたら、なるほど、大変そうな話ではあるが、突き詰めてしまえば、自称「神」であるから、まあピンからキリまであると思うべきだ。これがたとえば心霊相談で食べている霊能者であれば、その守護神(心霊学的にいえば、通信霊)を失えば、職を失うに等しいから、大変な問題ではある。だが、周囲よりもちょっと感がよい、という程度の人なら、むしろ、雑念が減って楽になるかもしれない。

 ラベルで断定してはいけないのである。……大量製造品でなければ、同じラベルであっても、それぞれの価値はピンからキリまである。その辺のことは心霊を学ぶよりもむしろ、八百屋や魚屋を観察した方がよいと思う。


 では、守護霊(人によっては主護霊と表現する)を失う……厳密には、消えるとか、無くなる、という意味ではなくて、手を引くとか、口を出さずにただ見守る、ということだが……事による害はどうか。これもまた、その被害を想定するのに注意が必要だ。

 まあ、自称守護霊、実質、随伴霊……ほとんど、もしくは、完全な憑依霊であれば、気に入らずに立ち去ってくれるなら、これまた、雑念が減って良いだろう。だが、守護霊が手を引くとなると、本来大事である。……ただし、今まで守護霊と巧く強調してきた人であるなら、だ。そういう場合、守護霊が手を引くとは考えにくい。大抵の場合、関係修復のためにいろいろと努力するものである。だが、「手を引く」といわれるような人の場合、守護霊そっちのけでいろいろやったあげく、失敗し、行き詰まったあげくに守護霊を頼る人が多い。……そう、そもそも守護霊無視で生きている人が、守護霊から手を引かれたからといってなんだというのだろう。現状、無関係に生きているのだから大差ない。

 ……いや、行き詰まりが続くのだから大事か? だが、さんざん失敗して、それを無いことにせよ、といわれても守護霊も困ろう。困るとは、大変である、というより、出来なかろう、という意味である。そう、イヤだから手を引くというより、手を引かざるを得ないから、手を引くのである。

 結局、どうにもならない。……どうにもならないことをダメ、といわれて、そのまま進むべき道を放り出すから、結局、試行錯誤を繰り返して生きる羽目になる。

 そういえば6月のオフ会で、「人の道を意識せよ」という霊査があったが、人の道、大道、惟神……いろいろ表現もあるが……
 目的地を同じくする者同士なら、一時、進む道が異なろうとも、いずれどこかでまた道は交わるものである。が、目的が異なるなら……今は同じ道を歩んでいても、いずれは違う道を選ばなければならなくなる。そして、人と守護霊とは二人三脚で、歩調を合わせて、目指す元へと進むべきと考えるのが心霊主義である。

 守護霊と目的地のすり合わせが出なければ、二人三脚であることで、互いを邪魔して前に進めなくなるものだけど、人生の時々でなぜこのように悩むのか、と考える人によく考えてもらいたいものである。

 その設問は、例えるなら、海魚がどの山を目指すべきか……適材適所、ということでもある。

   自分は、何に向いているのか?……無能な人間も安易な状況下では暮らせる。ならば、安易な環境を求めるのは、果たして愚者の必然か、知者のわがままか、どちらであろう?


 ところで、守護霊に見放されたら必ず不幸になるとは限らない。・・なにせ、人がなにを持って不幸といい、なにを持って幸福というかは、人それぞれであるし、気分次第でもあるからだ。

「あなたは不幸になります」といわれたら、「私にとって不幸とは何か?」と問うべきかもしれない。いや、相手にせずに立ち去るのが利口か。

最終更新日 ( 2009/06/26 Friday 23:26:51 JST )
 
守護霊が二人いる?
作者 老神いさお   
2009/06/16 Tuesday 23:46:25 JST

2009年6月の霊査事例中、「あなたに(自称)守護霊が二人見えます。それでは混乱が生じます。」について質問を受けた。

Q 「(二人の守護霊のうち)どちらが正しいか、見極める方法はあるか?」

A  「ありません。」

 霊界通信などでは、「嘘をつけばすぐ判る」等とある。が、実務的にそうそう簡単に嘘を見破ることは出来ない。

 たとえば、学生・生徒時代に、下級生の宿題は容易に解けたかもしれない。だが、上級生の宿題はとても解けなかったであろう。つまり、上から下級の霊の嘘を見抜くことは出来ても、日常生活や生理的欲求に封じ込められている不自由な魂である霊媒が、霊達の嘘を見抜くことは容易ではない。そのような時に大切なのは誠意であって、手管などで補おうとすれば、むしろ、策士策に溺れるのが落ちである。

 まして、結果から見て、霊からの通信を嘘呼ばわりするのは安易であろう。受信者の理解が及ばないかもしれないのである。

 もっとも、私も「自称である」と見抜いたのである。真の守護霊、生まれついての守護霊をしのぐほど強い霊が、自称守護霊を決めつけているわけではない。そうであれば、真の守護霊は、その状態を放置している、ということだ。また、私もその霊に悪意や利己心を感じていないから、注意しろ(混乱が生じるから)といっても、除霊もなにもしていない。

 そもそも、霊感の修行するのに、標的があった方が楽ではないか。一つだけでは盲従することしかできないが、複数いることで、選択することの練習になるというものだ。


 守護霊に補助がつくのはざらにあること、補助霊だけが前面に出て、守護霊が一切前に出てこない事も少なくない。蛇足だが、私は進んで詮索しないのに、わざわざ先方(守護霊)から、『私は(前に)出ません。』といわれたことが何回かある。そういう事例で共通するのは、私の経験上、すべてが、日をおかずに同じ質問を何度も繰り返す人の場合である。そして私も同じ質問が繰り返されると……脱線終了。

 ちなみに、我が師から私は、願い事を祈るときには、深く一度だけにしなさい、と教わった。まあ直裁的にいえば、守護霊を捕まえて一度いえばよい、ということである。そして事情によって実現しなくても文句を言わない(守護霊を愚痴で縛っていたらその間、運が逃げてしまう)。……私は他者に、三回祈りなさいと教えている。数が大切だというのではなく、練習することで集中しなさいというのである。が。我が師と私の間で当然の事として省略された話は、ここで省略すべきでなかったのだろう。……しつこく祈ることは実現のマイナスとなる。

 船頭多くして船山に上る。ーー守護霊が多い事はデメリットではないが、方針が複数あるのは明らかなデメリットである。だが、こういう事例は、私は初めて扱ったが、話には良く聞く。たとえば、イタコのような職業霊能者は、神憑け、などといって、師から弟子へ、守護神(通信霊)の委譲が行われるという。より不幸な事例では、より素質のある人に守護神(通信霊)が、相談もなく引っ越す事もあるという。……新たに選ばれた人もびっくりだが、出て行かれた人の損失感も大変なものであるという。途中で放棄するぐらいなら、最初から宿主として選ぶな、といいたいところであるが、それなりの事情があるからこそ、守護神がつく幸せがあり、守護霊が立ち去る不幸があるという。

 オフ会後に、事情を聞いたが、やはり同様な経験、とくに後者に似ている事情があったようであるが、今回はそれ以上踏み込まない。

最終更新日 ( 2009/06/16 Tuesday 23:46:57 JST )
 
霊感とは頂き物
作者 老神いさお   
2009/06/15 Monday 23:25:55 JST

 交霊能力を欲しがる人、交霊能力について考える人が往々、見逃していること……通信手段があっても、通信相手・通信内容がなければ意味がない。

 つまり、努力は、交霊能力を得て終わるのではなく、交霊・通信一本ずつに努力が必要である。

 得た後の努力……「釣った魚にエサはやらぬ」という、不徳な人では、相手をすることこそ、愚者扱いされかねない。

 もっとも、交霊・通信一本ずつを大切にする、といっても、その手法はピンからキリまであるわけだが……

・・・・・・・

 共に楽しい時間を過ごせる人は決して少なくない。が、共に苦労に立ち向かえる人は決して多くない。 それは、友人を見出すことの難しさと共に、霊達の加護を得ることの難しさを表す。

・・・・・・・

 人々の恐怖を煽る霊媒(含む自称)は多く、人々にただ安寧を与える霊媒は、あまり多くないようである。 つまるところ、共に苦労に立ち向かえる人は、やはり得難いのであろう。

・・・・・・・

 儀式でも、技巧でも、腕力でもなく、誠実さだけが評価される関係。そうであればこそ、裏切られることを恐れずにいられる。

 
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